避難

今日は鬼怒川温泉よりさら奥の奥の湯西川温泉に来た。
東京は死ぬほど暑いので涼しいところがよさそうだと考え、標高が高くてあまり観光地化されていない、のどかなところを探したら湯西川温泉がよさそうだと思い、東武に乗って向かった。
夜寝る前にニュースを視ていたら、0時現在渋谷は32度と聞いて笑ってしまった。いくらなんでもひどい。この星はやはりもうだめなのか? 夜に気温が32度で湿度が90%って、もうこれは災害と言ってもいいのではないか? 今日は避暑のつもりでここに来たが、うまいタイミングで災害から逃れる「避難」となった。
湯西川温泉は本当に涼しい。窓を開けたまま寝ようとすると少し肌寒いくらい(19度)だった。都心にいると寝苦しくて毎日だるかったが、久しぶりの快眠が気持ちよかった。

歴史

源平の争いで敗れた平家が、落ち延びた場所のひとつがこの場所だった。彼らは集落を作りひっそりと暮らしていた。そのときに温泉をみつけたらしい。それでも一度は源氏に見つかり集落を追われてさらに山の中に逃げたのだという。その後年月が流れて再び落ち武者たちは集落に戻ったのだという。集落での暮らしは本当にひっそりとしていて、子供が生まれても軒先にのぼりを立てることができなかったという(見つかると源氏に殺されてしまうため)。
その後、何百年も平家の落武者の末裔がずっとこの場所で暮らし、ひっそりと温泉郷を守ってきたそうだ。今でもあまり開けていなくて擦れてない感じがのどかさを感じされてくれる。

潤う街

東武鬼怒川線の延長上にある野岩鉄道湯西川温泉駅からバスに乗って湯西川温泉郷に向かう途中、樹が悉く切り倒されている凄惨な光景を目の当たりにした。どうもダムを作っているらしい。また無駄な公共事業によって無駄に自然を破壊し、無駄な金が使われていることに憤慨した。
そしてダム予定地をすぎると寂れた村(いまは合併して日光市になっている)に似つかわしくない高級住宅街が現れた。主宰はすぐにピンと来た。埋没予定地に住んでいた人たちの補償で建てた家なんだということが。無駄はさらにいらない無駄を呼ぶ。悪循環も甚だしい。人が少ないのに日光市立湯西川小中学校の校舎はとても新しく、きれいだ。これも補償で立てられたものなのか?
さらに驚いたのは帰りだ。湯西川温泉郷のバスはほぼ半数が湯西川温泉駅を経由して鬼怒川温泉まで行くので帰りは鬼怒川までバスで行ってみた。
破壊の限りを尽くされている湯西川ダム建設予定地と湯西川温泉駅を過ぎると、すぐにまたダムが見えてきた。川治ダムである。無駄遣いの極致に開いた口が塞がらなかった。自分が法律を決めていいなら、こんな馬鹿な事業を推進した輩が豚箱送りにできるような法整備をするだろう。

今日の飯と酒

岩魚の塩焼き、鹿の刺身、手打ちそば、瓶ビール など

豊かな自然

次の日は何もすることがないので、無駄な税金か補償金で建てたと思われる平家の資料館みたいなところによってから川を軽く散策して帰途に着いた。
都心ではトンボを見ることはほとんどなく、たまに見てもせいぜい赤とんぼくらいだが、ここはシオカラトンボをはじめ見たこともない昆虫がたくさんいて驚いた。オオムラサキも飛んでいた。それらは人に対してあまり警戒心がないようで、近くへ行っても捕まえようとしない限り逃げない。
面白かったのが蝿で、なぜか主宰に体当たりして攻撃してくる。侵略者とでも思ったのか?


良い骨休めになりました。